落語好き腐女子の酒日記(仮)

落語と酒が好きな腐女子の日記です。

「お前の師匠への愛はその程度のものなのか」と誰かに言われたような気がした話。

一月の月末になり仕事が落ち着いた私は、友人と飲み会の約束をしていたためルンルンで仕事を終え、待ち合わせ場所に向かった。
少し時間が空いたのでカフェでお茶をしながら私の愛読書である『東京かわら版』を開いて何気なく今日開催の落語会の情報を見ていた。

※ちなみにこの『東京かわら版』は関東の落語会、演芸会を毎月1000件掲載し、日付別、出演者別で探せる優れものだぞ。また買ってない落語ファンはこの機会に手を取ってみよう。

今日の日付を開くとそこには私の大好きな師匠の独演会情報があった。そして開催時間は私が友人と待ち合わせをしている時間だった。

何故気付けなかったのか。途端に焦りはじめた。

私は落語が大好きで大学時代はオシャレも友達付き合いも殆どせず(センスも友達も殆ど無いに等しいだったからだが)落語に投資していた。
中でもその師匠のことは本当に好きで大学をサボって会に行ったことも何度もある。
今思うと親不孝にもほどがある。
※尚、この頃からコミュ症なので一切打上げなどは参加せず、ただただ純粋に落語を聴いていた。

落語会に行って師匠の落語を聴く度に好きな噺が増えていった。
学生時代は「師匠の落語を聴いている時が一番幸せ」と胸を張って言っていたのに。
大学を卒業してほぼニートみたいな生活をしている時も、師匠の落語会に行っている間は現実を忘れて落語の世界に浸かることができて。
師匠に近づきたくて、少しでも近いところに行きたくて運よく良い職場を紹介されて働き始めた。一年ほど前からもっとやりたい仕事ができて、新しい仕事をはじめた。
職場で世間話で「落語好きって言うけど、誰が好きなの?」って言われると真っ先にその師匠の名前を出した。
仕事は充実していたし、休みも予定が入っていることが殆どで、最近では家には帰って寝るだけの生活になった。
落語会は月に二回は行ってはいたが、師匠以外の会に行くことも増えてきた。
私は変わってしまったのか。

学生時代はまず、『東京かわら版』で師匠の出演する落語会をチェックし、チケットを購入なり、予約なりしてからそれ以外の予定を入れていた。
毎日師匠のそばにいられて師匠の落語を聴けたらどんなに幸せだろう、と思った。
もういっそ師匠の着ている肌襦袢になりたいと思った。
師匠に弟子が入った時は泣いた。
大好きな人がとられたような気がした。
このお弟子さんはこれから先の人生で師匠に褒められたり、怒られたらするんだ。
師匠の人生の一部がこの子が加わるんだ、そう思うと悔しかった。
それほど好きだった。

 


それなのに、一ヶ月も前からある会の情報を見逃していた。
いや、それは嘘だ。見逃していたんじゃない。「東京かわら版」で師匠の出演日をチェックすることも、師匠のホームページを開いて会の情報をチェックすることすら忘れてしまっていた。

 

「お前の愛はその程度のものなのか」
「お前はもう俺のことが好きじゃないんだな」
「あれほど好きだと言っていた師匠を、その他大勢の好きな落語家に加えたのか」

誰かにそう言われた気がした。

大好きな師匠の会があるということに気付けなかったそんな自分がファンとして恥ずかしい気がした。

今から友人に電話して「お腹が痛くなった」と嘘をついて会に駆け込むことはやろうと思えば出来る。
でも、私のためにスケジュールを開けてくれた友人を思うとそんなことはできない。


餃子と馬刺しが美味い店で私は今から友人と酒を飲む。