落語好き腐女子の酒日記(仮)

落語と酒が好きな腐女子の日記です。

新幹線から見えるラブホの数を数えた話

 

新幹線から見えるラブホテルの数が30を超えた頃、母の故郷へ着いた。
もっとも酒を飲んでいたため20を数える時には頰が赤らめるぐらいに酔いが回って記憶が曖昧であるが。
ラブホテルがあったのは都会の繁華街ばかりで、関東を抜けた頃は辺りは真っ暗で一軒もラブホを確認できなかった。
(ラブホって都会に固まって存在しているんだな)
そんなことを思いながら東京駅で買った日本酒をちびちび飲む。
これからの人生で目にしたあのラブホ達を全部制覇できることはおそらくできないだろう。
仮に目にしたラブホに一回ずつ泊まって制覇できたとしても、全部屋制覇となるととんでもない時間と金がかかる。そう考えると人生はなんて短いのだろう。
あの中ではどんなカップル達がセックスをしているのか。もしかしたら知り合いがあの中でまさに今セックスをしているのかもしれない。
そんな妄想が頭をよぎる。


夕方に東京駅から新幹線に乗り三時間半ほど。
花火大会が有名だという駅で降りて、在来線に一時間ほど揺られたところが母の故郷らしい。
降車駅に降り立つと、駅前だというのに辺りは真っ暗だった。
27年間の人生で初めて降り立つ母の故郷は改札すらないまさに『ど田舎』という表現がふさわしい場所だった。


……


母方のおじいちゃんとおばあちゃんが立て続けに亡くなった。
だが、おじいちゃんの記憶は全くないし会わないまま亡くなった。おばあちゃんも亡くなる二週間ほど前に一度会ったが、寝たきりだったということで、話すことすらできなかった。
何故それまでの間おじいちゃんとおばあちゃん会わなかったのか。
どうやらおじいちゃんと母の仲が悪く、高校卒業し家を飛び出してから殆ど実家に帰っていなかったそうだ。
結婚して私が生まれた頃、一度は帰ったらしいが私が一歳か二歳の頃らしく、当然記憶にはない。
それっきり母は私を連れて実家に帰ったことはなかった。
母は自分の両親のことを話さないから、私はてっきり母のおじいちゃんもおばあちゃんも亡くなっているものだと思っていたし、あるきっかけがあって子供心に「ママのおじいちゃんとおばあちゃんの話は触れちゃいけないもの」と思ってこれまでの人生で母の両親について気にしたことは殆ど、いや、全くなかった。
だから二ヶ月ほど前に初めて母方のおじいちゃんとおばあちゃんが生きていたこと、母に妹がいて更に子供が四人いることを知った。
つまり私はおじいちゃん、おばあちゃんの他に急に叔母といとこが四人増えたのだ。橋田壽賀子の家族ドラマのシナリオか。

おじいちゃんの葬式は色々事情があって母と叔母だけで形だけ済ませたらしいが、「おばあちゃんのお葬式の時は来て欲しい」と言われやって今回記憶にある中ではじめて母の故郷に来たのだ。


宿泊施設に着き、荷物を置くなり、母に「おばあちゃんへの手紙を書いてほしいの」と言われた。ちょっとイラっとした。
死ぬ間際まで会わせてもらえなかった私が何で、というか何を書けばいいのか。私がイラッとしたのを察したのか、隣で話を聴いてた初対面の叔母さんがこう言った。
「おばあちゃん、あなたが小さい頃に送った白と黒のワンピースを着た写真がプリントされた手紙、ずっと布団の下に入れてて持ってたんだって」
言われて思い出した。
確かに私は小さい頃、母親に言われてその紙に手紙を書いた記憶がある。でも文は何を書いたかも覚えていない。そもそもおばあちゃん宛ての手紙だったということも忘れてた、というか知らなかった。多分母親に言われたことをそのまま書いていただけだろう。
「おばあちゃん、あんたの手紙きっと喜ぶよ」
そうは言われても寝たきりで喋ることもできないおばあちゃんの姿しか私には記憶がない。叔母さんがのいとこ達は何度もおばあちゃんに会っていたらしいのに私は一度も会ったことないのだ。いとこ達みたいにおばあちゃんの思い出がない。
かと言って『おばあちゃん、会えなくてごめんね。今まで辛かったよね。天国で私達を見守っててね』とかは書きたくなかった。
そうかと言っておばあちゃんに会わせてくれなかった母親を責めることも書きたくなかった。


便箋を机に置いたまま悩んでいると母に
「別に私達に読ませるとかってわけじゃないから好きに書いていいのよ」
と言われた。
好きに書いていい、それなら思いっきり好きなこと書いてやろう。
私は落語が好きだ。
だから亡くなった落語家さんの中から好きな落語家さんを選んでその方について書いた。
あちら側では志ん生師匠や志ん朝師匠を聴けるし、私の好きな夢楽師匠や圓師匠もいる。
それぞれの魅力と好きな演目を紹介した。あれほど悩んでいた二枚の便箋があっという間にビッシリうまった。
こんな手紙もらっても困るだろうに。
でもさ、おばあちゃんが「孫がしつこく勧められて来てみたのよ」
そう言って向こうの寄席や落語会へ行き、客が一人増えればいい。


今、帰りの新幹線でこれを書いている。
灯りがほとんどない今の景色ではラブホテルなんか当然見えない。
これから東京に近付くに連れて灯りが増えて、ラブホテルの灯りも見つけられるはずだ。
それを見て私は帰って来たことを実感する。
そして今度は新幹線から見えたラブホに入る。
今度は私が新幹線に乗った誰かが見つめているラブホの中でセックスをしてやるのだ。