落語好き腐女子の酒日記(仮)

落語と酒が好きな腐女子の日記です。

落語会で客が二人だった話〜思い出の接吻〜

落語仲間と飲み会になると「印象的だった落語会」の話になることがある。

「○○師匠の独演会のあの演目はすっごい名演だった」という話もするが「こんなトラブルが起きた」「サプライズゲストで○○師匠が登場した」という話をしたり聞いたりする方が多いし、けっこう楽しい。

私にも印象的だった落語会はいくつもある。
その中から今日は『出演者九人に対し、開演時の観客が二人だけだった落語会』の話をしようと思う。

これは今から数年ほど前の落語会での話である。当時のスマホに細かいレポを残していたが消えてしまったため、記憶を辿って書き直した。記憶に間違いなどがあるかもしれないが大目に見てほしい。


両国の某所において『前座勉強会』というものが開催されることを知った。
前座さんとは修業中の身分の人達である。
厳しい修業に耐えて頑張る男の子達という設定が私は好きだし、予約も不要だし、ちょうどその日は夕方から何も予定がなかったので軽い気持ちで行くことにした。
しかし電車の中で何気なくチラシを確認すると開演時間と開場時間を勘違いしていることに気づいた。駅に到着したのが開演十分前くらいだった。
(やばいな、間に合うかな)
急ぎ足で開場に向かうと前座さんが総出で太鼓を叩いて入口でチラシを配っている。
(あれ?もう開演時間じゃないの?チラシの時間、間違ってたのかな?)
そう思って入口に近づいて行くと一人の前座さんと目が合った。
彼は私を見つけた途端、
「ありがとうございます!」
と叫んだ。
どうやらその前座さんは何度か落語会に来ていた私の顔を覚えていたらしい。
(気まずいな)
と思った瞬間、他の前座達からも
「ありがとうございます!」
と声を揃えて叫ばれ入口に誘導された。
入らざるを得ない。
お金を払い、中に入ると客席には誰もいない。
受付にいた前座さんに
「あの、もしかして……客、私だけですか?」
と聞くと超苦笑いで頷かれた。

入ってしまったものは仕方ないので端の方に座る。
(マジかよ〜。一人かよ)
と思って頭を抱えていると開演直前に、落語を聴くタイプには見えないめっちゃ綺麗なOL風の女性が入ってきた。99割(算数わかんない)の確率で前座さんの彼女だ。それか親戚だろう。
つまり純粋な客は私だけである。

幕が開いた。
舞台の上にちゃぶ台が置かれスーツ姿の前座さん二人が座っている。
(まさかこの状況でコントやるのかよ!)
思わず心の中でツッコミを入れた。
舞台に二人、客席に二人という状況の方が側から見たらコントであろう。
前座二人が番組解説のニュースキャスターという設定で出演者のプロフィールを面白おかしく紹介しようとしてた。
笑ってあげないと、と思うが気まずくて笑いどころがわからなかった。
後ろのお姉さんの笑い声も聞こえなかった。
というかこの日、あのお姉さんの笑い声一度も聞かなかったと思う。
ただ、それでも最後までコントをやりとげた二人に敬意を込めてお姉さんと一緒に拍手を送った。
パチ、パチとまるで低温で天ぷらを揚げてるような拍手だった。
幕が閉まり、高座がセッティングされ前座さん達の落語がはじまった。
前座さん達も必死で頑張っていたが正直言ってかなり重い雰囲気だった。
途中遅れてきたお客さんが三名いて観客は全部で五人になった。それでも出演者より少ない。

七人の落語家が入れ替わり立ち替わり出てきて仲入り(休憩)を迎えた。
何故か前座のプロフィール一覧が配られた。
『酒飲み』とか『童貞』とかの誰得情報が載ってて面白かった。
あの時童貞だった彼は卒業したのだろうか。

幕が閉まり再び落語かと思ったら今度は企画のコーナーがはじまった。
舞台の上に七人の前座が並び、一人が司会で三対三でシンデレラの即興芝居対決。
この人数で企画ぶつけてくるなんて、こいつら、鋼のメンタルだな。と思った。

二チームの即興芝居が終わった所で司会の前座君が口を開いた。
「シンデレラのラストって王子様とシンデレラのキスで終わるから、演技の上手かった二人がキスして最後は終わりましょう」
そう言うと
「誰が男同士のキスなんか見たいんか!」
と一人の前座が言うものの舞台袖から企画に出てない前座の「キース!キース!」という手拍子コールが鳴り響き、選ばれた二人の前座が舞台上でキスをした。
円●師匠(紫)や好○師匠(ピンク)が落語をやるような場所で男の唇と男の唇が触れ合う。
何とも言えない背徳感に興奮を覚えた私は心の中でガッツポーズをした。
私の好きな落語家同士の組み合わせでなかったのが残念だが。
即興芝居が終わったら、また幕が閉まり前座さんが二人落語をやって会は終わった。


あの前座勉強会に出てた前座さん達の半分は二ツ目になっている。
彼らが大看板になった時にあの日の落語会を、あの二人の口づけを私はきっと思い出す。

                                      -END-