落語好き腐女子の酒日記(仮)

落語と酒が好きな腐女子の日記です。

リアル飲み屋育成ゲーム

私がよく行く小さな雑居ビルには小さな飲み屋がひしめいている。

その中にお気に入りの店があり、月に二回ほど行くのだが、そこの店のすぐ近くに新しい居酒屋がオープンした。

何とオープン記念で最初の一ヶ月、一杯無料だという。
よし、入ってみようじゃないか。
入ってみて驚いた。

全体的にもの足りない。

夫婦で経営しているのだが、人柄はとても良い。店も清潔で雰囲気も悪くない。
ただ、何と言うか、全体的におしい。
日本酒を中心に置いているのに、メニューがことごとく日本酒向きじゃない。
更に味がどれも薄い。そして思った。

「この店、私の手で育てないと潰れてしまう……」

勝手にそんな使命感を感じた。
オープンから1カ月は最初の一杯無料キャンペーンをやっている。(よし、この期間内にどこまで育てられるかやってみよう)と勝手に決意をして店を出た。


この期間内にこの店をどこまで改善できるか……。悩んだ私は二軒目にいつも行くおじいちゃん一人でやってるお世辞にも綺麗とは言えない居酒屋でレモンサワーを飲みながら考えた。

なぜこの店は綺麗でもないのに多くのお客さんがいるのか?

まず、おじいちゃんの人柄がある。
だが、それならあの店のご夫婦も人柄はかなり良い。むしろお客さんに気を使いすぎているくらいな気がする。
他は何だ……?
食べ物の味が濃い。
これは私だけかもしれないが、酒を飲むと舌が少々バカになるので濃い味のものが欲しくなる。
あそこの店は全体的に味が薄いのだ。
もっともこれは好みの問題だろうが。

ヒントを得た私は数日後、例の店をまた訪れた。第2回目の訪問である。
夜10時頃の来店にも関わらず誰も客はいない。
最初の一杯は日本酒を注文。
逆に何も聞かず、ぬる燗で出すのはやはりいただけない。
まあ、この最初の一杯は無料なのだから、文句を言うと嫌な客に思われる。

ちびちび酒を飲んでいると店主が話しかけてきた。
「あの……何かこんなメニューあったらいいな、というのとかありますか?」
(キタッ!!!!)
まさか向こうから求めてくれるとは思わなかった。
しかし、いきなりガンガン言うと煩い客みたいに思われるぞ。
言葉を慎重に選んで話し始めた。
「日本酒を置いている店なのだから魚料理があると嬉しいですね。焼魚や刺身、なめろうとか」
そう言うと店主は私の言ったことを一つ一つメモしていた。
そして具体的にどんな魚が良いか、他にどんなメニューが良いかなどを聞かれた。
その後、試作品のメニューをサービスで出してもらって感想を求められた。
そして料理の味が全体的に薄いことや、メニューの表示が分かりにくいこと、日本酒は冷やで飲みたいなど酔った勢いで要望を片っ端からを伝えるとなんだかんだで、もう一杯お酒をサービスしてもらえた。


一週間くらいして、またその店を訪れた。
3人ほど先客がいる。
私が入ると店主が
「お酒の表示、わかりやすくしてみたんですがどうですか?あと、メニューも他のお客さんからも色々アドバイスを受けて変えたんです」
と言ってメニューを見せてきた。
漬物やなめろうに加え、焼魚など酒飲みのためのメニューが加わっていた。
味はまだ薄味だがそれでも、以前来た時より大分飲み屋らしいメニューになってた。

私の横に座ってたおじさんが話しかけてきた。
「いやー。俺も言ったのよ。魚料理欲しいって。正直最初この店どうなるか心配だったんだよな」

その時私は気付いた。

もしかして、どのお客さんにも
「この店は自分が育てないと……」
そう思わせるのがこの店の夫婦の狙いだったのか!?

くそっ……私はこの店を育てるつもりだったのに、ただ単に店の策に嵌められていただけなのかもしれない。

悔しい。今回は私の負けだ。
日本酒を飲み終え、会計をして店を出ようとすると奥さんが話しかけてきた。
「そうだ、次回から来た時何てお呼びすればいいかしら?」

まんまと常連にさせられた。

オープン記念の一杯無料の期間が終わったらこの店から去るつもりだったが、私は今もその店に通っている。